旅の扉

  • 【連載コラム】「“鉄分”サプリの旅」
  • 2018年6月3日更新
共同通信社経済部次長・鉄旅オブザイヤー審査委員:大塚圭一郎

鉄旅最高賞のツアーが『さらに進化』 お座敷列車で首都圏の貨物線巡り

△上野駅(東京都)15番ホームで出発を控えたJR東日本のお座敷列車「宴」(筆者撮影)zoom
△上野駅(東京都)15番ホームで出発を控えたJR東日本のお座敷列車「宴」(筆者撮影)

 国内の優れた鉄道旅行を表彰する「鉄旅オブザイヤー」(鉄旅オブザイヤー実行委員会主催、JR旅客6社、日本民営鉄道協会、日本旅行業協会など後援)の2017年度グランプリに輝いた貨物線を巡るツアーを「さらに進化させた」という鉄道旅行の決定版が、5月に登場した。通常は旅客列車が走らない首都圏の貨物線をお座敷列車で巡るコンセプトはそのままに、愛好家からの要望も採り入れた新たなルートを力走するという。17年度のグランプリ受賞商品に最高得点をつけた鉄旅オブザイヤーの審査委員の1人として、実際に乗り込んで体験した。

お座敷列車「宴」の車内(筆者撮影)zoom
お座敷列車「宴」の車内(筆者撮影)

 ▽5回中3回が的中も、いわば“ブラインドテスト”
 筆者は17年度まで鉄旅オブザイヤーの審査に5回携わり、うち3回のグランプリについて最高得点をつけていた。「審査するツアーに参加するだけでも大変でしょう」と言われたことがあるが、筆者は審査前に対象の企画に参加したことはない。というのも16年10月までアメリカのニューヨーク支局に3年余り駐在し、今は経済部デスクのため時間に制約があるからだ。商品の銘柄を見ないで評価するブラインドテストになぞらえるのならば、乗らないで判定する新種の“ブラインドテスト”と言えよう。
 しかし、実際に乗っていないだけに、自分が付けた得点が正しかったのかどうかは確証を持てない。のどに刺さった魚の小骨のように気になったまま放置していると、今年2月7日に鉄道博物館(さいたま市)で開かれた授賞式で初めて対面した17年度のグランプリ受賞者、旅行大手クラブツーリズムの大塚雅士さんから「私が企画した新しいコースの貨物線ツアーを5月に始めるので来ませんか?」とお誘いをいただいた。魚の小骨をのどから取り除く時が来た。

田端操車場に停車中の電気機関車「EF65」1000番台(手前)とディーゼル機関車「DE10」(筆者撮影)zoom
田端操車場に停車中の電気機関車「EF65」1000番台(手前)とディーゼル機関車「DE10」(筆者撮影)

 ▽要望に耳を傾けて改良
 5月19日に始まった新たなツアーは「お座敷列車・宴で行く特別ルート 都会の貨物線日帰りの旅」。旧日本国有鉄道(国鉄)時代の代表的な特急用車両の形式の一つだった「485系」を改造し、1994年に営業運転を始めたJR東日本のお座敷列車「宴(うたげ)」に乗り、日帰りで東京都心の上野駅を出発し、国技館に近い都内の両国駅へ向かう。この区間は通常ならばJR山手線、総武線を乗り継いで早ければ10分程度で着き、運賃は大人160円だ。
 これに対し、ツアーは6時間半をかけて東京都と千葉、埼玉各県を巡り、旅行代金は大人2万1千円と通常の運賃の131倍だ。一見すると「高い!」という声も出そうだが、当初設定した5月19日、6月3日は募集した150人に対して参加の申し込みが殺到し、7月21日を追加で設けて「いずれも売り切れた」(クラブツーリズムの大塚さん)というほどの大反響を呼んだ。もう一段の追加設定の要望を受けて、9月22、24両日も催行予定になったという。
 新たなコースの引き合いがかくも強いのは、17年度の鉄旅オブザイヤーのグランプリに輝いた前回のツアーの参加者から「『是非走らせてほしい』という要望が寄せられた(埼玉県の)川越貨物線、(千葉県の貨物線)馬橋支線を新たに採り入れた」(クラブツーリズムの大塚さん)というさらなる改良版だからだ。しかも、キャンセル待ちが一時600人を超え、追加設定を重ねて計8回に合わせて1130人が参加する大ヒットとなった前回のツアーの目玉だった新金貨物線は今回も踏襲。いわば「いいところ取りの企画」(参加者)なのだ。

△上越新幹線の2階建て車両「MAX E4系」(別の日にさいたま市の大宮駅で筆者撮影)zoom
△上越新幹線の2階建て車両「MAX E4系」(別の日にさいたま市の大宮駅で筆者撮影)

 ▽出発時に人気列車がそろい踏み
 初回となる5月19日土曜日の午前9時3分、上野駅の15番線プラットホームにバイオレット色の「宴」が滑り込んだ。
 隣の16番ホームには、JR東日本が特急の定期列車に唯一使っている国鉄時代に製造の電車「185系」が団体列車としての出発待ちをしている。1981年に運用が始まったベテラン車両は東京駅と静岡県の伊豆半島を結ぶ特急「踊り子」で活躍してきたが、置き換えによって2020年に引退する見通しだ。
 反対方向のホームに目を転じると、総事業費100億円で「車両の製造費だけで約80億円」(JR東日本関係者)という昨年5月に運行が始まった豪華寝台列車「トランスイート四季島」が13・5番ホームに停車している。愛好家を引きつける車両がそろい踏みした様子を目の当たりにし、参加者は早くも「撮り鉄」全開モードで臨んでいた。
 午前9時11分に出発すると、畳敷きのくつろいだ空間だけに早速ビールを開け、宴会を始める参加者も。常磐線を進んで午前9時42分に松戸駅(千葉県)に到着すると、ホーム上を歩く運転士らの姿が視界に入った。常磐貨物線に入るため、進行方向を変えるのだ。午前9時51分に出発するとせっかく入った千葉県から東京都内へ戻り、三河島駅近くから常盤貨物線に乗り入れた。
 全く通ったことがない貨物線の沿線景色を眺めていると、まるで首都圏から足を踏み出して郊外の路線をのんびりと進んでいるような感覚に襲われるから不思議だ。京浜東北線上中里駅近くの田端操作場で約20分間停車して出発すると、子供の「ワー、新幹線だ!」という歓声が聞こえてきた。京浜東北線の車窓ならば右側に見える東京新幹線車両センターが、左側のより間近な場所に視界に入ってくる。20年度末までに上越新幹線から消える新幹線で唯一の2階建て車両「MAX E4系」、北陸新幹線で活躍する「E7系」が並ぶ。
 一方、右側には電気機関車「EF65」1000番台が停車している。青色とクリーム色を基調とした国鉄時代からのオリジナル塗装で、1987年の国鉄の分割民営化で発足したJR貨物が塗り替えた色よりもよく似合う。近くにはディーゼル機関車「DE10」の姿もあり、「両手に花」と呼ぶべき贅沢な車窓に酔いしれながら進むと午前10時55分ごろ大宮操車場(さいたま市)に着いた。

△大宮総合車両センターに停車中の電気機関車「ED62」(筆者撮影)zoom
△大宮総合車両センターに停車中の電気機関車「ED62」(筆者撮影)

 ▽地上走行のおかげで“希少種”を激写
 停車時間が50分近くある大宮操車場で目玉となるのは、特製記念グッズの販売だ。ツアー向けに作成されたレプリカのサボ(列車の脇に取り付ける行き先標)などが並べられ、私もサボを2枚を計4千円で購入した。
この時間を活用し、参加者に振る舞われた弁当を頂く。茶飯に焼き鮭や鶏つくねなどを添えた弁当は一見すると素朴ながら美味で、感心するとふたに「お弁当・お総菜大賞受賞2018」と記したシールが貼られているのが目に入った。首都圏にひっそりと延びる貨物線という一見すると素朴な題材を選びながらも、鉄道ファンをうならせる味付けで鉄旅オブザイヤーを受けた貨物線ツアーと相通じるものを感じたのは私だけだろうか?
 午前11時41分に出発すると、通常の旅客列車では目にしない車窓を求めて先頭車両へ足を運んだ。埼玉県の折り返し駅の南古谷駅がある川越線へ乗り入れる埼京線は大宮駅で地下区間に入るが、今回は東北線を経て川越貨物線に入線する。このため大宮駅を含めて地上の景色を楽しめ、車両整備などを手掛ける大宮総合車両センター(さいたま市)が視界に入るのだ。目を凝らして珍しい車両を探したが、停車していたのは乗務員らの訓練に使われる「訓練車」に改造したステンレス製の通勤型車両くらいしか見つけられなかった。
 ところが大宮総合車両センターを通過後、クラブツーリズムの大塚さんが車内放送で「参加されているお客様が『ED61(正確にはED62)が大宮工場に止まっている』と教えてくださいました」とアナウンスした。国鉄時代の1958~59年に製造されたED61を改造したED62は18両しかなく、既に現役から退いた“希少種”だけにカメラのファインダーに収めたいところだ。
 通常の展開ならば「気がつかなかった、ああ残念!」で終わりそうなものだが、大塚さんが車内放送で周知したのは理由がある。行程中で唯一車外に出られる南古谷(午後0時6分着、0時23分発)で折り返した後、目撃現場を再び通るセカンドチャンスがあるのだ。通ったルートのおさらいしつつ、今後の“出題”を予告してくれる大塚さんの車内放送は、まるで予備校講師の試験対策のように綿密だ。おかげで帰路も運転席の後ろに張り付いていると、ヘッドライトが1灯だけで年季の入ったED62を激写できた。
 別所信号場(さいたま市)を経由して武蔵野線に乗り入れ、千葉県へ向かう。途中、ステンレス製車両「205系」とすれ違った。武蔵野線の205系はインドネシア通勤鉄道会社への譲渡が今年3月に始まり、20年までに8両編成を42編成、計336両を引き渡す。武蔵野線からの引退へのカウントダウンが始まり、日本でリタイアした後は海外で“第二の人生”を送る。

△「宴」の車内で。左から江戸川大学の崎本武志教授、筆者と息子zoom
△「宴」の車内で。左から江戸川大学の崎本武志教授、筆者と息子

 ▽目玉の連続
 武蔵野線の南流山駅(千葉県)を午後1時45分に過ぎると、「宴」は分岐器(ポイントレール)で左へ誘導された。貨物線ツアーの新たな目玉、馬橋支線の入り口で、発展した住宅街ながら草が生い茂った単線のレールが続く景色が続くことに違和感を覚えるも、わずか5分で常磐線の馬橋駅(千葉県)に合流。東京方面に進んだ後、金町駅(東京都)の先で信号待ちのために5分ほど停車した。
 売りの一つである新金貨物線に入るためで、普段は貨物列車もほとんど通らない“大都会の超ローカル線”と呼ぶべき趣だ。大塚さんが貨物線ツアーを思いついた出発点は、この新金貨物線と交差する国道の踏切にある。
 東京の下町で育った大塚さんは、幼少期に家族が自動車でお墓参りするたびに通る新金貨物線の踏切の遮断機がいつも上がっているのを目の当たりにして「いつかここに、お客さんが乗った電車を走らせたいという夢を持った」という。旅行会社に就職し、JR東日本と交渉して遮断機が下りた踏切を旅客車両が通る夢を叶えた「渾身の企画」が、鉄旅オブザイヤーのグランプリに輝いたツアーだった。
 貨物線ツアーの原点となった新金貨物線を踏襲しながら、愛好家の要望に応えて馬橋支線も新たに採り入れた今回のツアーは、いわば盆と正月が重なったようなヤマ場の連続だ。盛り上がらないはずがなく、車内の先頭車では新金貨物線を走る様子を撮影する参加者が鈴なりになっており、沿線では“大都会の超ローカル線”をお座敷列車が駆け抜ける珍しい光景にシャッターを切る「撮り鉄」で賑わった。
 新小岩操車場(東京都)に着いた後に津田沼駅(千葉県)で東京都へ折り返し、出発から約6時間半後の午後3時36分に終着駅の両国駅(東京都)に予定通り到着した。
 前回の貨物線ツアーに3回参加したのに続き、今回も乗ったさいたま市在住の50歳代の会社役員男性は、「馬橋支線を走るのに加え、自宅からの守備範囲のさいたま市を2回通り、川越貨物線という地下を通らない川越線という興味深い路線を通る点にひかれて、募集開始後に即応募しました」と話す。ツアーの魅力の一つとして「同乗のお客さんとお話しをする時間が長く、メール交換などで鉄友(鉄道を通じた友人)ができるというのも楽しみの一つです」と指摘する。
 車窓は見所満載で、畳敷きの車内はくつろいだ雰囲気に包まれ、鉄道愛好家らと膝をつき合わせて話題で盛り上がることができる「宴」。名は体を表すように、「線路上の宴会部長」と呼ぶのにふさわしい存在だ。そんな魅力を存分に引き出したクラブツーリズムの貨物線ツアーは、鉄旅オブザイヤーのグランプリの栄冠に輝くだけの価値があることを乗って実感し、「審査は正しかったのだろうか?」と自問自答していた私ののどに刺さった魚の小骨はいつの間にか抜け落ちていた。
(連載コラム(「“鉄分”サプリの旅」)の次の旅をどうぞお楽しみに!)

共同通信社経済部次長・鉄旅オブザイヤー審査委員:大塚圭一郎
1973年4月東京都杉並区生まれ。国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒。1997年4月社団法人(現一般社団法人)共同通信社に記者職で入社し、松山支局、大阪支社経済部、本社(東京)編集局経済部、ニューヨーク特派員を経て、2016年10月から現職。国際経済のデスクの傍ら、運輸・観光分野や海外関連を中心に取材と執筆、ラジオ出演などを手掛ける。

日本一の鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査委員、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/culture/leisure/tetsudou)の執筆陣で、休日には「子鉄」の息子と鉄道旅行に出掛ける。SBC信越放送(長野県)の平日のラジオ番組「らじ☆カン」(午後2時5分~6時15分、http://sbc21.co.jp/blogwp/radikan/)の午後5時台のコーナー「きょうの注目」に他の共同通信社のデスク・記者とともに出演。

2004年5月から通信添削大手Z会(静岡県)の週刊メールマガジン「社会をよみとくキーワード」(http://www.zkaiblog.com/zkai04)を連載中。共著書に『伝える訴える「表現の自由」は今』(柘植書房新社)、『働く!「これで生きる」50人』(共同通信社)など。東京外大の校友会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)理事
risvel facebook